夢の中で思い出した過去生の記憶 / 2024年1月19日
ペンギンと仲間たちの世界
夢の中で思い出した、ペンギンと暮らした集落と、伝えられなかった想い。
これは、QHHTのようなセッションで見たものではありません。2024年1月19日、夢と目覚めの間のような場所で、突然思い出した記憶の話です。
目が覚めかけた時、最初に来たのは「思い出した」という感覚でした。何かを見た、ではなくて、忘れていたことを思い出した、という感覚。しばらくの間、私はそれを生まれ故郷の風景の思い出だと思い込んでいました。子どもの頃に見た、懐かしい景色の記憶だと。でも辿っていくうちに、これは今世のどこでもない、と分かってきました。
なんでこんな大切なことを、ずっと忘れていたんだろう……。
その気持ちだけが、胸の真ん中にありました。
川を挟んだ、小さな集落でした。
川の手前には長屋と市場があって、みんなで集団生活をしています。川には橋がかかっていて、対岸の山と繋がっている。山には洞窟のような地形があって、私はそこで働いていました。地中から練り飴のようにじわじわと湧き出てくる、燃料のようなものを採る仕事です。過酷な仕事でした。親から継いだものだったのかもしれません。
世の中全体が、緩やかに衰えていく時代でした。燃料はだんだん取れなくなり、田舎は静かに寂れていく。世界が変わっていく予感が、暮らしの底にいつも流れていました。
思い出した世界のシーンの中で、いちばん印象的だったのは、浜辺での記憶です。
海からペンギンたちが群れになって、浜辺に上がってくるのです。
灰色と白の体に、黄色の入った大きな眉毛。ガホーガホーと鳴いて、眼が人懐っこくて、愛くるしい。浜辺で私たちは「やあ、よく来たね」と迎えて、ハグをするような親密さで触れ合いました。ペンギンだけではなくて、他の動物たちともそんなふうに暮らしていました。子どものペンギンは特に懐いていて、私たちのような…人間のような姿をした存在の子どもたちと、一緒になって遊んでいました。
人間、と言い切れないのには理由があります。あの世界が、この地球だったのかどうか、いまも分からないのです。地球なのかもしれない。でも、今の世界とはまったく違う世界…そういう雰囲気の場所でした。
思い出しながら、ずっとふしぎでした。この光景を、私はだいぶ昔から知っていたはずなのです。当たり前のように知っているはずのことを、なぜか忘れていた…その切なさが、愛くるしさと一緒にやってくるのでした。
移動の場面も覚えています。
空中に浮かぶ、今でいう車のような乗り物に乗って、山道を進んでいました。ペンギンや動物たちを轢いてしまわないように、ゆっくり、慎重に。浮いているのだから、轢くことなんてないのに…と、どこか俯瞰で気づいている自分もいて、それでも慎重に進んでいました。それくらい、彼らは大切な存在でした。
あの世界での私には、いつも一緒に過ごしていた二人がいました。親友と呼びたくなる男性と、大好きだった女性です。
いろいろな場面があったはずなのに、印象に残っているのは、学校の旧校舎のような建物で、3人で話をしている時間でした。私がふと離れた隙に、親友と彼女が親密に話しているように見えて、やきもちを焼いている自分がいました。そんな姿を、三角関係と言ってしまえばそう見えるのかもしれません。でも、まったく重たいものではなくて、ごく自然に、当たり前のように過ごしていた3人でした。
思い出しながら、あの頃の私の心情が、そのまま伝わってきました。私は、あの女性に想いを寄せていました。でも、彼女は親友ともとても仲が良くて、二人の様子を近くで見ているうちに、自分がいなくなることで、この二人が結ばれる方がいいのかもしれない…そんなひけ目を感じるようになっていったのです。
想いは、伝えられないままでした。そして何らかの理由で、私は突然、その場からいなくなってしまうことを選んだのです。彼女はきっと、あの親友と結ばれて、その後も仲睦まじく暮らしていったのだろうな…そう想像しながら、それでもまだ、彼女への想いを断ち切れずにいる自分がいました。
夢から覚めた今でも、残っています。あの女性をとても愛していた、という気持ちが……。そして、もしかして今世でも、私はあの女性を探しているんじゃないか…そんな問いが、ふっと浮かんできました。
思い出した直後の感覚は、驚きというより、慌てふためき、でした。
大切な世界を、大切な存在たちを、忘れていた。愛していた人への気持ちも、ペンギンたちとの暮らしも、仲間たちとの時間も、ぜんぶ、ちゃんとそこにあったのに。
家族みたいな、という言葉が、いまも浮かんでいます。
あれが本当に過去生だったのか、確かめる術はありません。ただ、「思い出した」としか言えない感覚だったことは確かです。ガホーガホーという鳴き声と、浜辺でのハグの感触を、今も時々思い出します。そして時々、あの女性を、今も探しているのかもしれないな、と思うのです。